山本義隆『福島の原発事故をめぐって―― いくつか学び考えたこと』(みすず書房、2011.8.25.)
〈税金をもちいた多額の交付金によって地方議会を切り崩し、地方自治体を財政的に原発に反対できない状態に追いやり、優遇されている電力会社は、他の企業では考えられないような潤沢な宣伝費用を投入することで大マスコミを抱き込み、頻繁に生じている小規模な事故や不具合の発覚を隠蔽して安全宣言を繰りかえし、寄付講座という形でのボス教授の支配の続く大学研究室をまるごと買収し、こうして、地元やマスコミや学界から批判者を排除し翼賛体制を作りあげていったやり方は、原発ファシズムともいうべき様相を呈している〉
目次
はじめに
1 日本における原発開発の深層底流
1・1 原子力平和利用の虚妄
1・2 学者サイドの反応
1・3 その後のこと
2 技術と労働の面から見て
2・1 原子力発電の未熟について
2・2 原子力発電の隘路
2・3 原発稼働の実態
2・4 原発の事故について
2・5 基本的な問題
3 科学技術幻想とその破綻
3・1 一六世紀文化革命
3・2 科学技術の出現
3・3 科学技術幻想の肥大化とその行く末
3・4 国家主導科学の誕生
3・5 原発ファシズム
註
あとがき
著訳者略歴
山本義隆(やまもと・よしたか)
1941年、大阪に生まれる。1964年東京大学理学部物理学科卒業。同大学大学院博士課程中退。現在 学校法人駿台予備学校勤務。
著書『知性の叛乱』(前衛社、1969)『重力と力学的世界――古典としての古典力学』(現代数学社、1981)『熱学思想の史的展開――熱とエントロピー』(現代数学社、1987:新版、ちくま学芸文庫、全3巻、2008-2009)『古典力学の形成――ニュートンからラグランジュへ』(日本評論社、1997)『解析力学』I・II(共著、朝倉書店、1998)『磁力と重力の発見』全3巻(みすず書房、2003:パピルス賞、毎日出版文化賞、大佛次郎賞受賞)『一六世紀文化革命』全2巻(みすず書房、2007)ほか。編訳書『ニールス・ボーア論文集(1)因果性と相補性』『同(2)量子力学の誕生』(岩波文庫、1999-2000)『物理学者ランダウ――スターリン体制への叛逆』(共編訳、みすず書房、2004)。訳書 カッシーラー『アインシュタインの相対性理論』(河出書房新社、1976:改訂版、1996)『実体概念と関数概念』(みすず書房、1979)『現代物理学における決定論と非決定論』(学術書房、1994)『認識問題(4)ヘーゲルの死から現代まで』(共訳、みすず書房、1996)ほか。
本書から
いずれにせよ有害物質を完全に回収し無害化しうる技術がともなってはじめて、その技術は完成されたことになる。
それにたいして、原発の放射性廃棄物が有毒な放射線を放出するという性質は、原子核の性質つまり核力による陽子と中性子の結合のもたらす性質であり、それを化学処理で変えることはできない。つまり放射性物質を無害化することも、その寿命を短縮することも、事実上不可能である。というのも、原子力(核力のエネルギー)が化石燃料の燃焼熱(化学エネルギー)にくらべて桁違いに大きいことが原発の出力の大きさをもたらしているのであるが、そのことは同時に核力による結合が化学結合にくらべて同様に桁違いに強いことを意味し、そのため人為的にその結合を変化させることがきわめて困難だからである。
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ともあれ核分裂生成物(死の灰)を含む使用済み核燃料は隔離状態で長時間(数ヵ月)かけて冷却され(もちろんそれには多くの電力を必要とする)、そのうえで再処理つまり残存するウラン二三五や生じたプルトニウム二三九を抽出してから、ないしそのまま直接に、永久保存用に処理される。そうして作られたのが「高レベル放射性廃棄物」である。その他に、原子炉のメンテナンスや定期検査の過程で生じる放射線に汚染された各種の物質――取り換えられた部品や点検や修理の際の作業員の防護服等――としての「低レベル放射性廃棄物」
も大量に発生する。原子炉自体も何年かの使用後にはいずれ廃炉にされるが、強い放射能に長年晒されてきたその炉心も高レベルの放射性廃棄物である。
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原子炉はきわめて大規模な構造物で、数多くのさまざまなサイズの溶接された配管や弁が付属し、それらの大部分が遠隔的に操作される複雑な構造を有している。福島第一原発六号機などの建設に携わった元技術者菊池洋一は、原発を「配管のおばけ」と表現し「原発内部はあまりにも多くの重い配管が複雑に配置され、しかも非常に不安定な支持機構しか持っていない」だけでなく「本来想定して計算に組み込むべき要素、地震波と鉄骨の共振などが考慮されていないうえに、人間のミスがいくらでも入りこむ余地がある」と記している。
菊池洋一『原発をつくった私が、原発に反対する理由』(角川書店、二〇一一)二六-七頁。
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先述の平井もまた、いくつものメーカーの寄り合い所帯で造られた高速増殖炉「もんじゅ」について、図面を引く基準が「日立は〇・五ミリ切り捨て、東芝と三菱は〇・五ミリ切り上げ、日本原研は〇・五ミリ切り下げ」の違いがあったため、配管がすべて図面どおり寸法どおりに作られていたにもかかわらず「百ヵ所も集まると大変な違いになり」合わなくなったという経験を記している。
平井憲夫「原発がどんなものか知ってほしい」『情況』二〇一一年四・五月合併号、四一頁。
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